様々な匂いに対しての研究
研究テーマを大分類しますと下記のような図になります。
ニオイセンサによる室内大気・土壌・呼気・食品などの評価に関する研究を行っています。有香/無香にかかわらず、気相における分子刺激に応答するセンサ技術は多彩な応用が期待されます。応答分子の種類や使用環境などから、広範囲の分子種が検知対象となり得ます。生活環境、生産、医療・福祉、安全、エンタメ、などなど多様な分野での利用が期待され、研究開発が進められています。
このページでは、様々な匂い分子(茶葉や腐葉土、室内大気、呼気)に
対してどのようなアプローチで研究を進めているのか?ご紹介したいと思います。
香り計測システムを測定系やデータ処理に注目して改良し、環境・食品・健康などの分野に応用する。
1 呼気の測定
呼気(人の吐く息)をにおいセンサで測るというと、すぐに思いつくのが口臭の評価です。呼気を調べる
ことでもっと複雑な心身に関する情報が得られないかという研究が連綿と続けられています。それは、
体調や病気、ストレスなどに関する情報を簡単に測る技術です。
ハーッと吐いて調べられれば、なにしろ
簡単です。呼気には血中に含まれる二酸化炭素のほか、心身の状態を反映した微量なガス成分が含ま
れており、このような化学シグナルをにおいセンサで検出し、心身の状態を簡易的に評価する技術を
開発することを目指しています。
まず、呼気をセンサに送り込む方法について検討した結果、センサセルを真空にした後、集気袋に捕集した
呼気を吸入させることが、一定量の呼気を再現性良く吹き込めることが分かりました。
使用したセンサは、水晶振動子の電極に以下の原料を高周波スパッタリングして感応膜としたもので、7種類あります。
この手法により、直接呼気をセンサに吹きつける方法では問題となっていた、再現性のある測定が出来るようになりました。
作業や痛み、運動などのストレスを与えた場合、その程度に応じてどのように呼気が分類されるかを調べ
ました。また、呼気中に炭酸ガスが共存するか否かで、どのような影響が現れるかも注目しています。炭
酸ガスを除去した呼気はストレスレベルに応じて、大きく3つのグループに分類できることが示された。
また、運動することで平静時とは、異なった領域にグルーピングされ、運動30分後に回復時のものは、
さらに移動してグルーピングされる結果となった。
2 土壌ガスの測定
土壌や木材は、個性豊かな、いわゆる自然の香りを提供してくれます。これらの香りも一般に水蒸気を多く含み、ニオイ成分の濃度が低いため、センサによる計測対象としては、難題です。そこで、下に示すような装置を構成しました。
測定サンプルを加熱して放香させ、除湿とニオイ濃縮を介して、センサセルに測定ガスを供給するようにしてあります。濃縮剤によるニオイの濃縮の後、加熱による脱離により得られたセンサ応答の例を以下に、示します。
以下に、除湿とニオイ濃縮の原理を説明します。まず、選択的に水蒸気を吸収して透過するイオン交換膜を利用した中空糸膜式ドライヤを用いて選択的に水蒸気を除去します。極性が高く小さな水分子は除去されやすくなりますが、ニオイ分子も一緒に除去されてしまうことを回避する、ゆるい除湿方法です。
下に示す、中空糸膜式ドライヤは二重管構造になっており、内側のチューブを土壌ガスが通ります。外側と内側のチューブの間には窒素ガスを土壌ガスとは逆方向に流し、水蒸気濃度の差を駆動力として、内側チューブの内から外へ管を介して水蒸気を選択的に透過させ、除湿させます。チューブが長いほど、また圧力が高いほど、除湿効率が高まります。
さらに、水蒸気には不活性な炭素系吸着剤に土壌ガスを濃縮させます。前段の中空糸膜式ドライヤでは、取り切れない水蒸気は吸着剤には捕捉されにくく透過して、土壌ガス成分のみ選択的に捕捉させる狙いがあります。十分に土壌ガス成分を濃縮させた後、この濃縮剤を250℃に急熱させて土壌ガスをセンサセルに送り込むことで、水蒸気の影響を抑制し、低濃度の土壌ガスを濃縮させて、センサ応答を収集する測定装置になりました。
フェニルアラニン(Phe)のスパッタ膜を被覆した水晶振動子の応答を以下に示します。250℃に濃縮剤を急熱して得られる応答は、室温のものより大きくなり、水蒸気濃度は0.01%RH以下に抑制できていることが確認されました。
この測定装置により、以下に示すような土壌ガスに対するセンサ応答を調べ、土壌や微生物の種類などの違いから、3パターンに分類できることが分かりました。
3 木の香りの測定
上記の装置を使って、燻製用のスモークチップスの芳香を測定しました。下のサンプルとその特徴を示します。
代表的なセンサ応答曲線は以下のような、2つのピークから成る複雑な形をしています。高揮発成分がパルス的に到達した後に、揮発性の劣る成分がある程度の時間幅で通過する様子がうかがえます。
この応答曲線より、8つの形状パラメータを定義して応答曲線を特徴化しました。出力の大きかった、S1(フェニルアラニン膜センサ)とS2(チロシン膜センサ)の形状パラメータを主成分分析して第一主成分PC1と第二主成分PC2とで主成分得点の散布図も示します。ここでは、加熱ガス発生器の温度を30℃と70℃の2パターンで調べました。PC1は1つ目のピークの面積と高さとの相関が高く、また、PC2は1つ目のピークの到達時間との相関が高くなっていました。このニオイマップより、サクラとヒッコリーは、ほぼ同じ領域に分布しているため、識別が困難です。また、リンゴはPC2の値が大きく、区別しやすいことが分かります。さらに、ブナもPC1が小さく、識別しやすいことを示しています。サクラとヒッコリーは、上に示した香気成分が似ているため、このようにセンサ応答からも識別が困難になっていることが考察できます。
スモークチップの香りの研究を担当している学生がデータをまとめている様子です。
4 茶葉芳香の測定
茶葉の香りをニオイセンサで測定し、茶の種類や劣化の状態などが分からないかを調べています。大気と同程度の水蒸気を含ませた空気を媒体として用い、茶葉からの揮発性ガスをセンサセルに送り込んで、分析をしました。茶葉の発香は室温で行い、茶葉無しの空瓶から、4方弁を回して、茶葉芳香をセンサ容器に導入してセンサのステップ応答を得ました。このように、除湿や濃縮を介さないニオイ供給に対する応答は、すそ野を引いた歪んだ一山の形状になっていました。山の高さを特徴量として、7種のセンサよりデータを抽出し、主成分分析にかけました。装置の図を下に示します。
緑茶、紅茶、ウーロン茶と3つのカテゴリーで分類できることが、第一主成分PC1と第二主成分PC2のマップよりわかりました。また、緑茶の中では、第一主成分PC1でグリーン調の高い品名の順に並んでいる傾向も認められました。これは、グリーン調を醸し出す成分(ex.青葉アルコール)への応答の強さを反映していることが示唆されます。このように、感性評価への影響が強い成分がセンサ応答を支配する場合、センサと感性とが相関しているように見え、人のある感性を反映できるセンサが実現できる可能性が高まります。しかし、あくまで限定的な利用に限られるといわざるを得ません。
さらに、大気中に茶葉を放置することでセンサ出力がどのような影響を受けるかを調べました。緑茶は大きく正側に移動したのに対して、ウーロン茶では正側への変化量が小さく、紅茶では、逆に負側に移動する結果になりました。このように、茶葉の種類により、放置劣化による影響がことなります。さらに、緑茶葉に対して加速劣化試験を行いました。これより、水蒸気や酸素が劣化に大きな影響を与える主要因であることが明らかになりました。
緑茶について、様々な条件で劣化試験を行い、どの条件が劣化を進めるのか、逆にいうと開封しても、どのような条件なら劣化が抑制されるのかを調べました。40℃加熱、植物育成用ランプ(擬太陽光)照射、窒素流、乾燥純空気流、加湿純空気流、大気流の各条件です。
高感度なフェニルアラニン膜センサを用いた結果、劣化には水蒸気と酸素が強く関係していることが示唆されました。これは、センサの共振周波数変化が質量増加方向に大きくシフトしていることから、茶葉が湿気た香りを醸していることから判断しました。そのほかの要因は、水蒸気や酸素と比べて、劣化にはほdとんど関与しないことも示唆されました。
次に、緑茶4銘柄を大気中に放置した時のセンサ出力の経時変化を主成分分析してマッピングした結果を下に示す。センサは最大出力のS1センサのみを用いた。開封直後から30分で位置が大きく移動しており、開封後すぐに、香気成分の変化が示唆される。銘柄の中では、香駿の変化が特に目立った。
5 屋内大気の測定
室内大気は、ニオイという観点より、もっとシビアに安全・安心ということが求められます。水晶振動子に各種スパッタ膜をコートしたセンサを空調の効いた実験室内に放置した場合、下に示す様な、変動が見られます。空調のON/OFFに伴う、
温度・湿度の周期的な変動に加えて、パルス的な出力が無数に重畳しています。
そこで、大気ベースで揮発性有機(VOC)ガスに対する有意な情報が得られるかどうかを、以下の示すような装置を構成し、センサ応答を調べました。
実験室の大気をキャリアとしてポンプより一定量流し続けている状況下で、VOCを含浸させたセルロースビーズを空のビーカーに投入して、VOCガスを除放させます。3方弁を切り替えることで、ビーカー内のVOCガスを1分間だけセンサセルに導入して、センサ応答を得ました。下にその装置図を示します。
様々な種類のVOCに対するセンサ応答カーブは3つのパターンに大別できます。まず、単調な一山形でガス濃度の変化を端的に表したものと考えられます。これに対して、はじめは負側に質量減少を示唆し、極小を経た後、正側に転じ極大を経てゼロ(初期)レベルに戻るといった横向きにS字を描くものです。このパターンは両親媒性のガスで、多く見受けられます。最後は、一定時間は無反応だが、その後に横向きS字カーブを描くというものです。
これらの応答から、最大変化量と半値幅に至る時間を因子として抽出して、主成分分析することで、極性polarガスと非極性Non-polarガスとを大分類できることを明らかにしました。
また、極性ガスだけで、上と同様の分析を行い、ガス種が分類できることも確認できました。
さらに、大気の取り込み口に除湿剤(モレキュラーシーブス)を装着させた場合とさせない場合とを併せて分析したものが、以下の図になります。極性ガスは場合分けで大きく位置がずれますが、非極性ガスは、あまり位置を変えないことが見て取れます。これらの結果からも、大気中の水蒸気がセンサ応答に大きな影響を与えることが分かります。